はじめに:予期せぬ旅路
3000年前の中国の占い書が、なぜ西洋の前衛芸術の創造的な道具となったのでしょうか?易経(変易の書)には驚くべき物語があります。これは単なる占いの書として知られる一方で、偶然や変化、宇宙の隠れた法則を探求する深遠な哲学体系でもあります。
本稿では、その意外な西洋美術への影響を探ります。20世紀モダニズムの二大巨匠、ホルヘ・ルイス・ボルヘスとジョン・ケージに焦点を当てます。両者は易経に惹かれながらも、その力をまったく異なる方法で活用しました。彼らのアプローチは、この書の柔軟性とモダニズムの核心テーマとの結びつきを示しています。
神託のコード
その影響を理解するには、まず易経の仕組みを知る必要があります。易経は64種類の独特な記号、すなわち六十四卦を含みます。
各卦は六本の線が積み重なっています。線は陰(断続線、- -)か陽(実線、—)のいずれかです。神託を求める際には、三枚のコインを六回投げます。各投げで一本の線が決まり、下から上へと卦が形成されます。この過程は構造と偶然性を融合させています。
この方法は幾つかの重要な概念に基づいています。まず「変易」の原理、すなわち宇宙は常に流動し変化し続けるということ。次に陰陽の調和が万物を動かすという考え。そして最後に「共時性」。これは後にカール・ユングが用いた用語で、偶然のコイン投げがその瞬間の宇宙と意味ある繋がりを生み出すことを示唆しています。
神託の結果として得られる卦は、あなたの状況を象徴します。例えば、卦50「鼎」は変容と新たな始まりを意味します。
ボルヘス:現実の迷宮
ホルヘ・ルイス・ボルヘスはリチャード・ヴィルヘルムの有名な翻訳を通じて易経に出会いました。彼は占いとしてではなく、現実のモデルとして捉えました。
ボルヘスは易経を神聖な書物の象徴と見なし、その組み合わせの体系を通じて、あらゆる物語とあらゆる現実を内包できると考えました。
庭園の解体
この考えは1941年の短編「分岐する道の庭園」に最も明確に表れています。注意深く読むと、この物語は易経の核心原理を物語の形で示しています。
物語は主人公の先祖であるツイ・ペンが書いた奇妙な小説を中心に展開します。この小説は「記号の迷宮」と表現されます。易経を念頭に置いて「分岐する道の庭園」を読むと、新たな意味が見えてきます。登場人物のスティーブン・アルバートは、ツイ・ペンが単一の時間軸を信じていなかったことを説明します。彼は無限に分岐する多元的な時間を信じていました。
彼の小説はこの可能な未来のネットワークを捉えようとしました。ある時間軸では登場人物が死に、別の時間軸では生き続ける。すべての結果が同時に存在するのです。
これは易経の仕組みと重なります。各コイン投げが異なる道を生み出し、一本の線を変えるだけで卦が変わり、全く異なる未来へと導きます。ツイ・ペンの複雑な書物は、易経を文学に昇華させたものと言えます。
他のテーマの融合
有限の要素から無限の可能性を生み出すこの考えは、ボルヘスの作品全体に散りばめられています。
「バベルの図書館」では、宇宙が25の記号から成るあらゆる可能な書物を収めた図書館として描かれます。ほとんどの書物は意味をなさず、64の卦が何でも表せる一方で、意味を見出すには注意深い読みが必要な点と共通しています。
「バビロンの宝くじ」では、偶然が社会を完全に支配します。無作為の抽選で人が権力者になったり死に直面したりします。ここでボルヘスは易経の核心概念である「構造化された偶然」を現実そのものの原動力にしています。
ケージ:解放のための方法
ボルヘスが現実のモデルを見出したのに対し、ジョン・ケージは実践的な道具として易経を活用しました。1940年代後半、ケージは創作上の課題に直面していました。彼は個人的感情を表現する音楽に疲れ、「音そのものを自由にさせたい」と願っていました。
易経がその答えを与えました。ボルヘスとは異なり、ケージは音楽制作の実用的なツールとして用いました。彼の目的は創作過程から自分の意志を排除することでした。
偶然の音
この方法を用いた最も重要な作品が1951年のMusic of Changesです。タイトルは直接易経を指しています。
この作品では、すべての音楽的決定が神託の相談によって導かれました。ケージの方法は古代の儀式と現代的思考を融合させた、慎重かつ規律あるものでした。
彼のプロセスは明確な手順を持っていました:
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チャート作成:ケージは64卦に対応する8×8のチャートを作成し、音符、音長、音量などの音楽的選択肢を配置しました。
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コイン投げ:伝統に従い、三枚のコインを六回投げて1から64までの数字を得ました。
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チャート参照:この数字がチャートの項目を指し示します。例えば23番は特定の音符を選び、次の投げでその長さを決めるなど。
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楽譜への書き写し:偶然に決まった結果を丁寧に楽譜に記録しました。作業は遅く細心の注意を要しました。
ケージの深い意図は、自分自身を単なる媒介者とし、偶然に従って音が自律的に配置されることを許すことでした。易経を用いて作曲家の支配を解体し、音をそのままの姿で存在させる自由を与えたのです。
二つの視点の物語
ボルヘスとケージは同じ古代の書を用いながら、まったく異なる方法で活用しました。彼らのアプローチは易経の多様性を示しています。
ボルヘスは思想に焦点を当て、ケージは過程に注目しました。
この重要な違いは以下の比較表に表れています:
特徴 | ホルヘ・ルイス・ボルヘス | ジョン・ケージ |
---|---|---|
主な用途 | 自身の小説の比喩的枠組みとして。 | 音楽作曲の実用的道具として。 |
核心的関心 | 無限に分岐する可能性の宇宙の哲学的意味。 | 偶然操作を用いた芸術創造の方法論。 |
易経とは… | 無限で解読不能な書物の象徴。 | 指示を与える神託。 |
目的 | 時間、運命、現実のテーマを探求すること。 | 作曲家のエゴから音を解放すること。 |
最終成果 | 物語と思想の迷宮。 | 不確定な音の作品。 |
要するに、ボルヘスは易経を無限の宇宙の地図と見なし、その構造を時間と無限をテーマにした物語の設計図として用いました。
一方ケージは同じ書を意思決定の道具と捉え、個人的嗜好を超えた音楽を生み出すためにその方法を活用しました。
波紋の広がり
易経の影響はボルヘスやケージにとどまらず、西洋文化の多くの領域に波及しました。
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文学:フィリップ・K・ディックは1962年の『高い城の男』で易経を重要なプロット要素として用いました。枢軸国が第二次世界大戦に勝利した架空の歴史で、登場人物たちは神託を頼りに世界を切り抜けます。ヘルマン・ヘッセの『ガラス玉演戯』(1943年)も同様の精神を持ち、人類の知識を統合する複雑なゲームを描いています。
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心理学:カール・ユングは易経を西洋に紹介する手助けをしました。彼はヴィルヘルムの翻訳に序文を書き、西洋の読者が理解しやすくしました。偶然の過程が意味ある洞察をもたらす仕組みを説明するため、「共時性」という概念を提唱しました。
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芸術・映画:六十四卦は多くの作品で視覚的要素や哲学的アイデアとして登場しています。
永続する共鳴
易経が古代中国から西洋の芸術の現場へと旅した物語は、文化を超えた交流の力強い証です。
この古の知恵の書は、現代の革新を刺激する新たな命を得ました。構造化された偶然の体系は、古い確信が揺らぐ世紀にぴったりと合致しました。
ボルヘスは無限の可能性を想像し、ケージは音を新たな形で編みました。
彼らの共通の関心は、人間の意味探求と創造性が何千年もの時を超え、広大な距離を越えてつながることを示しています。偉大なアイデアは決して消えず、そのメッセージは普遍的なのです。
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